将棋の羽生善治竜王(棋聖、47)が12月5日、渡辺明前竜王(棋王、33)との竜王戦七番勝負を制し、前人未踏の「永世七冠」を達成したそうです。8つあるタイトルの中、永世称号がない叡王を除く7つのタイトルすべてで「連続5期」「通算7期」などの条件をクリアした大偉業に、各メディアでも大々的に取り上げられ、街中では号外も配られました。歴史的快挙の直後に行われた記者会見で、興奮する様子もなく静かに語り続けた羽生永世七冠が口にした2つの言葉に、ファンからは感銘を受けたとの声が相次いだそうです。
もっともファンの間で話題になったのが永世七冠、タイトル99期など圧倒的な実績を誇りながらも発した「将棋そのものを本質的に分かっていない」というもの。報道陣から、今後の目標について質問が飛ぶと、こう答えたそうです。
羽生永世七冠 もちろん記録を目指していくというものありますが、将棋そのものを本質的にどこまで分かっているのかと言われたら、まだまだよく何も分かっていないというのが実情です。
ファンの間では、専門家が「あまり詳しくないんですが…」と話すというエピソードの最上級ではと、話題にもなったそうです。将棋界には年間表彰「将棋大賞」の中に、名局賞というものがあります。勝敗はもちろんですが、いかに素晴らしいものを対局者とともに作り上げるかは、棋士にとっての目指すものの1つです。またさらに、無限の選択肢がある将棋の真理を追い求めた先に、何が見えるのでしょうか。プロ棋士の中で誰よりも高い場所に居続けている羽生永世七冠の、求道者ぶりが改めて知られる一言となっています。
もう1つ、大きなインパクトを与えたのが、30年以上プロ棋士として戦ってきた経験と実績を自ら否定し、さらなる進歩を求めるという「過去の実績で勝てたとしても、盤上ではあまり意味がない」との言葉でした。
羽生永世七冠 将棋の世界は基本的に伝統、長い歴史がある世界ですが、盤上で起こっているのはテクノロジーの世界。日進月歩でどんどん進んでいる。過去の実績で勝てたといっても、これから先に何か盤上で意味があるかと言われれば、あまり意味がなくて、常に最先端を探求していくという気持ちでいます。
先述のとおり、羽生永世七冠が築いた実績は、そのほとんどが将棋界における最高峰。将棋記者の中には「羽生先生のことなど、畏れ多くて書けない」という者もいるほど。長年、将棋界の象徴とも言えるほどの活躍ぶりを見せてきた本人が、過去の実績で勝利をつかんでも意味がないといいます。「本質的には分かっていない」と思うからこそ、新たな発見のない勝利に意味を感じないのです。近年、人工知能(AI)の進歩により、人間では解析不可能なレベルまでAIが処理し、プロ棋士に勝利するようになりましたが、そのAIですら手がつけられていない選択肢は無数にあります。まさに盤上は小宇宙で、そこから最善の一手を見つけるのは宇宙研究、まさにテクノロジーの世界です。
今年で47歳。1日の対局ならまだしも、1年間通じて高いパフォーマンスを発揮し続けるのは難しいと自覚はしています。それでも会見で語った他を圧倒する探究心は、今後も衰えることはないでしょう。10年後、20年後、それともさらに先か。引退会見の席で、将棋の本質について質問されれば、きっと羽生永世七冠は「まだ分からないです」と答えるだろうということです。
素晴らしいですね!